日急バスの歴史

日急バス設立から合併までの主な歴史。
【日本急行バス(日急バス)はなぜ出来たのか?】
日本乗合自動車協会は国土開発縦貫自動車道建設法の国会審議と併行し縦貫道特別委員会を設け将来の高速自動車道上の交通機関は如何にあるべきかを検討し、昭和32年7月19日、及び9月18日の委員会で、既存の事業者が集結し輸送分野を混乱させないためにも全バス業者の共同出資による新会社の設立が望ましいとの結論に達し、「日本高速道急行バス株式会社」を設立するという結論に達した・・・
(日本急行バス発行「日急バスのすべて」より画像の文字列を文章化※抜粋)

昭和33年07月08日 設立:本社は名古屋市中村区。株主(社名・団体名は当時):
          名古屋鉄道、京都観光バス、茨木バス、岐阜乗合自動車等81の企業団体

昭和34年02月20日 一般乗合旅客自動車運送事業免許申請

昭和38年09月28日 株主(社名・団体名は当時):名古屋鉄道、茨木バス、
          京都近鉄観光バス、三重交通、日本乗合自動車協会等191の企業団体

昭和39年06月22日 一般乗合旅客自動車運送事業免許申請聴聞会(大阪)

昭和39年06月24日 一般乗合旅客自動車運送事業免許申請聴聞会(名古屋)

昭和39年07月10日 ~15日 運輸審議会公聴会

昭和39年07月**日 栗東営業所完成

昭和39年09月01日 第1期生入社

昭和39年09月04日 運輸審議会答申(大手3社を経営主体に・・・)

昭和39年09月28日 一般乗合旅客自動車運送事業免許

昭和39年10月14日 開業

昭和40年03月06日 国鉄京都駅前乗入れ

昭和40年03月**日 愛知県に小牧営業所設立

昭和41年08月21日 運賃改定

昭和41年09月01日 ダイヤ改正

昭和42年**月**日 関西の拠点を栗東から大阪府茨木営業所へ移す

昭和42年**月**日 栗東営業所閉鎖

昭和43年03月29日 一般貸切旅客自動車運送事開始

昭和43年04月26日 阪急梅田3番街乗入れ

昭和45年03月14日 ~9月13日 大阪万国博覧会場直通バス運行

昭和46年06月14日 名古屋鉄道が経営主体に

昭和47年**月**日 小牧営業所閉鎖名古屋市西区牛島町に移転

昭和49年10月01日 運賃改定 大阪、神戸線休止 大阪の貸切バス休止し茨木営業所閉鎖

昭和52年10月29日 名古屋市西区に本社移転

昭和54年12月01日 名古屋観光自動車㈱に経営移管

昭和56年03月20日 ~9月15日 神戸ポートピア博会場直通バス運行

昭和63年07月02日 神戸線再開

平成01年04月01日 大阪線再開

平成02年04月01日 ~9月30日 国際花と緑の博覧会(大阪花博)会場直通バス運行

平成05年07月01日 本社を名古屋市中川区へ移転

平成07年02月07日 大阪線休止

平成11年03月16日 名古屋鉄道から移管された長崎、熊本線運行開始

平成12年03月18日 ~9月17日 ジャパンフローラ2000(淡路花博)会場直通バス運行

平成13年03月31日 大阪線再開

平成13年04月01日 名古屋観光㈱と合併 名古屋観光日急㈱に
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※参考文献:日本急行バス株式会社「日急バスのすべて」昭和39年
※参考文献:日本急行バス労働組合「苦難の日急バス名神高速線」昭和54年11月30日

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